坂本龍馬の銅像が長崎と桂浜にあるのをご存知でしょうか。
長崎にある坂本龍馬像は平成になってから建造されたもので、平成元年建造、大きさは地面から5m程の大きさの銅像となっています。
腕を組んだ坂本龍馬の表情は凛としていて世界を見つめているかの様な凛々しさが伺えます。
また、高知県の土佐桂浜にある坂本龍馬像は昭和3年に建造されたもので、大きさは地面から13mと本当に大きな銅像になっています。
一度内部に亀裂が入り修繕はしましたが、今では右手を懐に入れて何かに寄りかかっている様な、顔はやはり長崎同様凛とした顔をして世界を見ている様な表情で立っている銅像です。
写真にしても銅像にしてもそうなのですが、右手や左手を隠している姿が結構残っている様に感じられます。
土佐の桂浜にある坂本龍馬像に関しては右手を隠している事から、何故隠しているのかと言う多くの説があります。
坂本龍馬の実績を残していると言われている資料や文献に関しては死後、山ほど発表されている事からたくさん有ると言われていますが、「海援隊」に関してはあまり資料として残されていないのが実態の様です。
実際に「海援隊」と言う言葉は聞いた事が有っても、何をしたか知っている人はあまりいないのではないかと思います。
そこで少しだけ海援隊について説明してみたいと思います。
「海援隊」と言う組織はその前衛が「亀山社中」と言われていて、とても有名な組織ですが、亀山社中時代から合わせても活動期間はたった3年間程でしかなかったと言います。
こんなに短い期間でしか活動していなかったとはとても思えない位、名前はとても有名ですね。
海援隊は1867年、慶応3年の春に発足して活躍していた組織でしたが、坂本龍馬が暗殺されて以降は大黒柱を失ってか、長崎派と塩飽派と言う2つの派流に分裂してしまい、結果慶応4年9月に土佐藩の命令によって解散をする事になったそうです。
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